<生きる目的がわからないというお悩み>
- 毎日やる気が起きない
- 何をしても楽しいと思えない
- 生きがいがない
- 目標や目的がない
- 生きてても意味がないから死んでしまいたい
生きる目的がわからないことが問題ではないのです。
毎日充実して幸せに過ごせないことが問題なのです。
このように何か、問題点がすり替わってないですか?
やる気が起きない、楽しくない、死にたいのは、目標や生きがいがないからではない。
目標があれば頑張れる、これは幻想。目標がなくても毎日が楽しくなる方法を教えます。
この記事を読むことで、生きる目的がわからないモヤモヤがスッキリして、もっと自分らしく、もっと気楽に生きてみよう!そう思って頂けると幸いです。
目次
「生きる目的がないから辛い」は間違い
生きる目的がないから辛い
それって本当?
- 生きる目的があれば、辛いことも頑張れる
- 生きる目的がないから、何をしても楽しくない
- 生きる目的がないから、やる気が出ない
子供を見てください。あるいは、自分が子供だった頃を思い出してください。
子供は楽しそうに毎日遊んでいます。
・子供は生きる目的を知っていて、その為に辛いことを頑張っているでしょうか?
・子供は生きる目的を理解しているから、毎日楽しく遊んでいるのでしょうか?
・子供は生きる目的がわかっているから、やる気が出て遊んでいるのでしょうか?
答えはNoです。
では、なぜ生きる目的があれば、やる気が出て毎日が楽しくなると勘違いしてしまうのでしょうか?
もしかしたら、こんな経験があるかもしれません。
- 大学受験や資格試験など、目的があることで頑張れた
- 欲しいものを買う為に、頑張ってお金を貯めた
- 仕事や勉強などで、結果を出すために、努力した。そして、結果が出た
- 恋人を作る為に、自分磨きや恋活を頑張った
このように何か目的や目標があることで頑張れた経験があるかもしれません。
あるいは、周囲に次のような人がいるかもしれません。
- 趣味や仕事に打ち込んで楽しそうにしている人がいる
- 夢に向かって、楽しみながら一生懸命努力している人がいる
このような人を見ると、目的や目標がある人を羨ましく思うかもしいれません。
生きる目的はあってもいいけど、なくてもいい。
なぜなら、毎日楽しく生きる為に、目的は必要ないからです。
毎日が楽しくないのは、生きる目的がないからではありません。
毎日が楽しくない理由は、もっと別のところにあります。
毎日が楽しくない本当の理由
「生きる目的がないから、毎日が楽しくない」これは間違い。
子供は生きる目的なんて分かってないけど、楽しく過ごしています。
では、なぜ毎日が楽しくないのでしょうか?
我慢しすぎ!
- 職場や学校で言いたいことを言えていますか?
- 相手のことを優先していませんか?
- 他人の目が気になって、遠慮してることはないですか?
- 自分のことを話してますか?
毎日が楽しくないのは、生きる目的がないからではなく、我慢ばかりしてストレス過多だからです。
考えすぎ!
- 上司に怒られたこと引きずる
- 仕事で失敗したことを引きずる
- また明日も失敗して怒られるんじゃないかと不安になる
- 好きな人が自分のことを好きなのか考えてしまう
- 将来結婚できるのか不安になる
考えることが多すぎで、心を亡くしている状態。これも毎日が楽しくない原因です。
のんびり気楽に「今ここ」を丁寧に味わうと、生きる目的がなくても、心が満たされて毎日が充実します。
自分が嫌
子供が毎日楽しく遊べるのは、自分を肯定しているから。
・私は私でいいんだ
・私はここに居てもいいんだ
もちろん、このように子供が意識しているかどうかはわかりません。しかし、無意識的には、このように自分を肯定していると思います。
少なくても、子供は「こんな私はダメだ」とは思っていないでしょう。
こんな自分はダメだという劣等感を、生きる目的を見つけることで解消しようとしないことです。
生きる目的を見つけるより大切な3つのこと
生きる目的を見つけたい理由は、今が楽しくないから。
逆に言うと、今が楽しければ生きる目的にこだわらなくていいのです。
生きる目的を見つけるよりも、毎日楽しく過ごすことのほうが大切ではないでしょうか?
この項目では、自分らしく楽しく生きるための3つの要素をご紹介します。
言いたいことを言う
生きる目的がないから毎日楽しくないのではない。我慢しているから、ストレス過多によって毎日が楽しくないのです。
つまり、我慢しないことが大事。我慢しないということは、その逆で、言いたいことを言うことが大事。
相手の心を深読みせず、素直に思ったことを伝えるのです。それだけで、日常のストレスは大幅に減ります。
余計なストレスがないということは、それだけ物事を楽しむ余裕ができるのです。
考えるのではなく、感じる
毎日が楽しくないのは、考えすぎだから。
損得勘定で動いていませんか?
近所のスーパーまで、歩いて行くより車で行ったほうが早い。あるいは、自転車で行ったほうが早い。早く買い物を済ませて、その後は何々をしよう。それは合理的な考え。
ところが、歩いて行くことで時間の流れはゆっくりになり、今まで気づかなかったことに気づくこともあります。
- 歩くことが心地よい
- 空を見て綺麗だと感動する
- 風が気持ち良い
- 公園の緑が美しい
そういうゆっくりとした時間の中で、五感を通して味わうのです。日常の中で感動する体験があれば、生きる目的なんてなくてもいいと思えるものです。
あるいは、自然と生きる目的が見出せるようになります。
生きる目的を見つけたいという人は、焦っていることが多いです。あなたは何か焦っていませんか?
焦らずゆっくりのんびり、心に余裕を持って丁寧に味わって生きよう。きっと心が幸せな気持ちで満たされることでしょう。
自分を好きになる
- 今の自分じゃダメだ
- 今の自分が嫌だ
- 今の自分は不幸だ
無意識にこのように思っていると、ついつい結果を求めてしまいます。
何かやりがいのあることを見つけて、それに熱中したい、と。
自己否定や自己嫌悪など、自己肯定感の低さを埋める為に、生きる目的を探してしまいがちです。それさえあれば、自分はもっと輝けると思い込んでしまいがち。
もっと生き生きと輝いて充実した毎日を送るためには、生きる目的よりも、自己肯定感を上げることです。
つまり
私は今の私でいいんだ
このように思えることが大事なのです。すると、生きる目的がなくても、心が満たされて毎日が充実してきます。
生きる目的がなくても楽しく過ごすコツ
ある人がこんなことを言っていた。
人生はピクニックだ!
だから、いろんな所に行ったらいいの。
生きる目的がわからない人は、最終的に辿り着きたいゴールがわからないから困ってるようなもの。
目的地がハッキリしないから、モヤモヤする。モヤモヤするから目指すべき目的地を探そうとする。でも、目的地がわからない。
目的地はなくてもいい
例えば、
健康的に生きたい!
だから、健康的な食事をする。運動をする。
- 毎日30分歩く
- ヨガ教室に通う
- 1駅、歩く
- お酒を控える
- 野菜中心の食事
このように健康を意識している人もいるでしょう。
で、それで楽しい?
もちろん、それは健康的かもしれない。健康だからこそ、いろんな活動ができる。病気の予防にも繋がる。そう考えると、幸せなことで、有り難いことかもしれない。
けど、それで楽しい?健康の為に、我慢して必死で取り組むことが、楽しいですか?
健康的な食事が美味しくて、心も体も喜んで、健康的な食事を自ら望んで食べているなら、幸せだろうし、楽しいと思う。
でも、嫌々に我慢して、食べたくないものを食べても幸せではないし、心理的なストレスもかかる。
運動も同じ。運動することが楽しくて、好きだから運動するならOK。
しかし、年齢のことや将来のことを考えて、義務的に運動している、義務的にヨガ教室に通っているとなると、目的はハッキリしているけど、楽しくない。
健康的かもしれないが、幸せではない。
結果よりもプロセス重視
- 起業したい
- 有名になりたい
- 世の中の役に立ちたい
- 結婚して子供が欲しい
- 公務員になって安定した生活をしたい
- 海外旅行に行きたい
- 憧れの職業に就きたい
- お金を稼いで優雅な暮らしをしたい
このように目標を持つことは自然なことだと思う。別に否定はしません。
ただし、それらの目標を達成したから幸せになるのではない。
目的地に辿り着いたら、幸せになるものではないのです。
僕の話をします。
20代半ばで、初めて東京のお台場に行きました。普段は大阪に住んでいるので、東京に行く機会がそんなになかったのです。
当時は、お台場に行ったら、すごく楽しくて、感動できるものだと思い込んでいました。
でも実際に行ってみたら、思ったほどの感動はありませんでした。別にお台場に魅力がないと言っているのではありません。
僕自身に、感動できるような心(感性)がなかったのです。
おわかりでしょうか?
結婚するから幸せになるのではない。
- 今不幸な人は、結婚しても不幸。
- 今幸せな人は、結婚しても幸せ。
憧れの職業に就いて、お金を稼いだら幸せになるのではない。
- 今不幸な人は、憧れの職業に就いて、お金を稼いでも不幸
- 今幸せな人は、憧れの職業に就いて、お金を稼いでも幸せ
どこかに辿り着くことが幸せではないのです。
幸せは今ここにあるのです。
あれこれ悩んでいる人に聞きました。
「これからの人生をどう過ごしたい?」と。
毎日楽しく過ごしたい!
シンプルにこれです。これが答えではないでしょうか?
目的があろうが、目的がなかろうが、毎日楽しく過ごす!
それこそが本当に望んでいることではないでしょうか?
それでも「生きる目的」を知りたい人へ
ここまで生きる目的を探すよりも、今を楽しく生きる、毎日を楽しく過ごすことのほうが大事だと述べました。
とはいえ、カウンセリングをしていると、スピリチュアルな問題が出てくることもあります。
前世からの課題を克服する(カルマの解消)の為に、現在の悩みや問題が生じているケースもあります。
<事例1>
前世で恋人関係であった2人は、社会的な事情により結婚できずにお互い離れてしまった。そんな2人が今世で出会った。
その目的は、前世で成し遂げることができなかった「愛し合う」ということを実現する為。
こんなに話しやすくて、居心地がよくて、一緒に居て楽しい、そんな人はなかなかいない。
そんな2人が出会うことで、生きる喜びを発見することができた。
つまり、2人が出会い「愛し合うということ」「生きる喜びを感じること」が今世での課題の1つということだったのです。
<事例2>
会社に感情的で子供っぽい上司がいた。その上司に怒られる日々。
スピリチュアルカウンセリングでわかったこと。
それは、Aさんとその上司とは前世で親子関係だったのです。前世では上司が、自分の子供だったのです。
上司は反面教師として、Aさんに教えてくれていたのです。「もっと感情的に生きてもいいんだよ」と。
Aさんの生きる目的(今世での課題)は、「我慢せず言いたいことを言うこと」「遠慮せず自分のことを優先すること」「自由に遊ぶこと」でした。その為には、自分の感情を感じて表現する必要がありました。
上司が反面教師としてAさんに教えてくれていたのです。
生きる意味は自分で意味づけるもの
基本的には生きる目的、生きる意味はないものだと思います。
人生はピクニックだから。行きたいところに行けばいい。好きなところに行けばいい。
最初からみんなが目指すべき同じ目的地がある訳ではない。どこに行きたいかは自由だし、自分で決めればいい。
生きる目的は人それぞれ。
- 体を動かす喜び
- 音楽を楽しむ喜び
- 自由に遊ぶ喜び
- 誰かを愛する喜び
- 誰かに愛される喜び
- 何かを研究する喜び
- 何かを伝える喜び
- 仲間と支えあう喜び
- 孤独を学び感謝すること
- 他人を理解し、分かち合うこと
- 人に元気を与える役割
- 人に癒しを与える役割
- 人を支える役割
- リーダーとしてまとめる役割
こういうのって、誰かに言われたからじゃなくて、自分で生きる意味を見出すもの。
「これをするために、生まれてきたんだ!」「これをする為に生きているんだ」と、そういうやつです。
生きる意味や目的は、その時々で変わります。
プロ野球で例えると、現役時代は野球をする喜びを感じていた人が、引退後、解説者として伝える喜びに変わる人もいれば、コーチや監督になって現場をまとめて、指導することで、現役時代とは別の才能を発揮する人もいる。
もっと身近な話をすると、独身時代と結婚してからの学びも違うでしょう。独身時代は自由に自分のことだけ考えていた人が、結婚して子供ができたことで、家族を思いやることや子供を育てることを学ぶ訳です。
生きる意味は自分で意味づけるもの。そして、生きる意味や目的は、とても身近でパーソナルなもの。「えっ、そんなこと?」というようなことかもしれません。案外、目の前の足元にあるものだと言えます。
まとめ
ここまで生きる目的がわからずに悩む人に向けて、生きる目的を探すよりも、毎日楽しく過ごすことが大事だと述べました。そしてその為の、方法やコツをご紹介してきました。
幸せの青い鳥を探すのではなく、「今ここ」「今この瞬間」を大切に、「次は何をしようかな?」「次はどこに行こうかな?」と気楽な気持ちで、自分の進みたい方向に進めばいいのです。